スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第26章 南禅寺(後編)

『スペインと言えばピラミッドですよね?』


 いつだったか、久しぶりに日本へ帰国した時に、実家の傍にあった理髪店へ
髪を切りに行った事がある。
あまりにも長い間、日本で散髪していなかった私には、なんとも不思議な緊張感さえ
感じられた。
私の髪を切ってくれたのは、まだ20代前半の若い男性であった。

スペインではこのような場面で、黙りこくって髪を切ってもらう人はいない。
すぐにいろいろと世間話が始まるものである。
そう言う環境に慣れていた私は、自然と彼との会話を始めた。

 『またしばらく切らないと思うので、短くして下さい。』

 「え? そんな事言わずにまた来てくださいよ。」

 『いやぁ、、きっとこちらに伺う事はもう無いと思います。すぐに帰りますから。
 今は旅行中なのです。』

 「そうなんですか? どちらまでお帰りになるのですか?」

 『スペインです。』

 「・・・・・・・ はぁ?」

 『スペインへ帰ります。』

 「・・・・・・・・・・・・・・」


どうも彼にとって、私の答えは想像以上に突拍子も無いものであったようだ。

 言葉を失って、考え込みながら、それでもただただ、黙々とハサミを動かしていた。
あまり考え事をしながら切らないで欲しいものだ、と多少心配になってきた時である。
彼の口からほとんどうめき声のようなものがこぼれ出た。

 「あぁ、、、、 ス、スペインですか、、、、 スペインと言えばピラミッドですよね?」

危うく私は椅子から転げ落ちそうになったのを覚えている。

日本の若者達の持つスペインに対する認識とは、こんなものなのかと、正直、
心の中で嘆いたのであるが、考えてみれば、私も彼と似たような歳の時、
ドイツ人老夫婦からローマ建築と言う言葉を聞いた時、この若者と似たような知識しか
持ち合わせていなかったようだ。

ローマ、ローマ時代、ローマ帝国、ローマ建築、ローマ水道橋、、、
確かにいつだったか世界史か何かで習ったような気がする。
しかし、残念ながら私の頭にはその知識のかけらも残ってはいなかった。

まだまだ記憶力の良かった子供の頃に習ったはずのものが、こうも記憶に残っていないのは
一体何故なのだろう?


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