スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第27章 セゴビア

『セゴビア=湯豆腐』


 イベリア半島のほぼ中心に位置する首都マドリッドからは、スペインの
主要国道6本が放射線状に伸びている。
そのうちの一本、北西部ガリシア地方に向けて伸びる高速道路を
60キロばかり走ると、セゴビア方面への出口に至る。
現在、マドリッドーセゴビア間を直接結ぶ高速道路が開通を目前に
控えているが、現時点ではそこから一般国道に出て、更に約30キロの
道のりがある。
一般道と言っても、舗装は良く、右にグアダラマ山脈、左に広大な
カスティージャの大地を見ながら走るこの道は、決して人を退屈させる
ものでは無い。
ちらほらと見える牛の群れは、実にのどかな雰囲気を与えてくれる。
そんな静かで、のんびりとした空気を、時折一瞬にして緊張が
支配する事がある。
突然、上空から何かが落ちてくるのだ。
鷲だろうか、鷹だろうか、私には判らないが、何か野生の猛禽類が、
カスティージャの大地に獲物を見つけて急降下するのである。
車を運転している時に目の前でこの芸術にも思える狩猟が展開されると、
一瞬、ハンドルを持つ手が固まり、目がそちらにくぎ付けになってしまう。

果てしなく広がるかのように見えるカスティージャの大地をバックに、
のどかな風景と野生の厳しさの奇妙な混在を感じながら車を走らせると、
何やらどんどん別世界の奥へと入り込んで行くような錯覚にさえ襲われる。

 左手に延々と広がる大地は、巨大なカンバスのようだ。
空に浮かぶ雲の陰がくっきりと現れ、場所によって晴れている所、
曇っている所、雨が降っている所と実にさまざまな光景が
一枚のカンバスに描き出されている。
これが地球なのだろうと妙に納得しながら走りつづけると、遠方に
ぽつんと何かが見えてくる。
16世紀に築かれた後期ゴシック建築による大聖堂だ。
塔の最上部だけが、まばらに生える木々の陰に見え隠れするのを
目で追いながら更に近づくと、その堂々たる姿は徐々に地平線から
上昇を始め、やがて惜しげも無くその全貌を現すのである。
今から2000年前、「ローマ時代」に築かれた町、セゴビアに到着である。

 世界最大の観光大国とまで言われるスペインには、日本人の想像を
絶するような素晴らしい歴史的遺産が残されている。
それらの多くは世界遺産の指定を受けている訳だが、各建築物単位での
指定ではなく、人々が今も生活を続けている「町並み全体」と言う規模での
世界遺産指定を受ける町が、この国には実に八つも存在するのである。
その後、更に新しく指定を受けた町並みについて私は知らないので、
現時点でもそうであるかどうかは判らないが、少なくとも私が現役で
スペインの観光案内をしていた頃には、スペインとメキシコが、それぞれ
8つの世界遺産都市を持ち、両国間で世界のトップ争いが行われていた。
(注 2003年にウベダとバエサが加わり、スペインの世界遺産都市は
計十都市となっている。)

各種宣伝やプロモーション効果で観光客を呼び寄せるのではなく、
何も宣伝などしなくても人々を引き付ける潜在的な引力と魅力を秘める国。
ただただそこに残っている歴史の凄さとでも言おうか、、、
まさに世界最大の観光大国と言われる所以であろう。
ローマ時代に築かれた町セゴビアは、これら8つの世界遺産指定を受けた
町並みの一つである。

 「左前方、信号のある辺りの歩道をご覧下さい。何やら石垣のようなものが
あるのが見えるでしょう? あれがローマ時代に築かれた水道橋です。
水はあの上の溝を通っていた訳ですが、この先、大地はだんだんと低く
なって行くため、水路の高さを維持するために、水道橋を徐々に高く
持ち上げる必要があります。
そのため、石垣の高さが増していきますが、間もなく、石壁ではなく、
石のアーチで持ち上げるようになります。そして更にその先は、より高く
持ち上げる必要が出てくるため、通常のアーチではなく、2階建ての
アーチへと変わって行くのが判りますね? 
そして、間もなく、前方のカーブを左へ曲がると、我々の目の前に
その一番高く積まれた部分が見えてきます。
高さおよそ29メートル、長さ700メートル。」

バスでのほんの僅かな移動時間に、いつも一生懸命早口で説明する
場面である。

前方のカーブを左に曲がると、真正面に、世界遺産に指定された旧市街が
姿を表し、続いて、多くの方々が写真でしか見た事がなかったであろう、
実に見事なローマ水道橋がその美しい姿を現すこの瞬間は、誰もが感動を
覚えるものである。

 これだったのだ、、、あの時、ドイツ人の老夫婦が私に尋ねたローマ建築の
水道橋と言うのは。
私が初めてセゴビアへ行った時、一番に思い出したのはこの事だった。

「セゴビア=ローマ水道橋=南禅寺=湯豆腐」 

これが私の頭にくっきりと刻まれた方程式である。
まさか私が早口で先の案内をしている時に、南禅寺や湯豆腐の事を
考えているなどとは誰も想像すまい。

 それにしても、恐るべきは実体験である。
社会科の教科書で南禅寺の南大門の写真を見ても、世界史の教科書で
セゴビアのローマ水道橋の写真を見ても、残念ながら私を刺激するものなど
何も無く、全く記憶に留まらなかったが、実際にその場へ赴いてこの目で見、
この手で触れた時の感動は一体何だったのだろう?

 目の前に聳える水道橋。
そのあまりに細く繊細な石の柱に驚かされる。
これ程のものを2000年前に、我々と同じ人類が築き上げたのだ。
そして、それが今もなお、崩れ落ちることもなく、私の目の前に存在している。
そのアーチの下を人が通り、車が通るのである。
その橋の周りに今から数百年前に中世の人々が沢山の家を建てたのである。
当時の人々にとっても、この水道橋はすでに千数百年も前の
歴史モニュメントであった訳だが、その歴史と共に彼らは共存したのである。
そして、今、我々現代人が、これら様々な時代に生きた人々が残した
歴史遺産の集合体をそのまま受け継ぎ、そこにまた自分達の時代のものを
付け足しながら全てと共存しているわけである。

なんと歴史の素晴らしいことよ! なんと歴史の偉大なる事よ!

この過去から現在、そして未来へと続く永遠とも思える時の流れの中に、
今、自分が生きていると言う事をあまりにもはっきりと実感させてくれるもの、
それが実は歴史なのではないのか?
そう感じた時に、生まれて初めて私は歴史に興味を持った。
歴史は現在の私自身であり、また未来の自分へとつながるベースとなるもの
なのである。
これ程、大切で興味深いものなのに、どうして学生時代、それに
気づかなかったのか?
単に私の感性が未熟だったのだろうか?

 「バスの中で歴史の話なんてしても、どうせ皆寝てしまって
 誰も聞いてなんかいないのよ。」

自身の未熟さを他人のせいにする気は無いが、或いは、このような次元での
教育が昔も今も、いたる所で行われているのではないのだろうか。
少なからずそのような気がしてならない。

果たして子供達に歴史を教えている先生方の中で、どれだけの方々が、
実際にその地を訪れ、現物に手を触れるチャンスに恵まれているのだろうか。
どれだけの人がその生の感動を味わっているのだろうか。

人にその感動を伝えるためには、何よりもまずは自分が感動せねばならない。
逆に言えば、自分が感銘を受けてさえいれば、例え、深く研究していなくても、
たいした知識が無くても、その素晴らしさを人に伝える事は可能なのでは
なかろうか。
今からでも遅くはない。歴史教育に携わる方で、もしもまだこの生の感動に
触れていない方がおられれば、机上での研究は一休みして、是非一度、
足を運んでみては如何だろうか。
また、昔の私のように、歴史は苦手だった、或いは嫌いだったと言う方も
同様である。

これらは、大の歴史嫌いであり劣等生であった私がスペインで学んだ
教訓である。
たまには劣等生の声に耳を貸してみても良いのではなかろうか。


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