スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第28章 トレド(前編)

『これじゃぁトレドが台無しじゃないか!』


 首都マドリッドから南方へ伸びる主要国道は俗にアンダルシア街道と呼ばれる
ものであるが、この国道が作られるよりも、はるか昔からマドリッドとイベリア半島南部とを
つないでいた旧道がある。
現在ではこれを国道401号線と命名しているが、通常、我々地元に住む者はトレド街道と呼ぶ。

この国道を70キロ程南下すると、そこにはかつて世界最大の栄華を誇った
大イスパニア帝国時代にその首都として栄えたトレドの町が静かに、そして厳かに佇んでいる。
何も無いカスティージャの大地に、いくらかの起伏の変化が見え初めて来る頃、
バックの低い山々に溶け入るように、やもすればその存在を見逃してしまいそうなぐらいに、
目立たず、ひかえめにその姿を現すのである。

 標高600メートルの高台に築かれたこの町の周りを、イベリア半島の中で最も長いタホ川が
その東、西、南の3方を取り囲むように流れる。
町の川に面した所はそのほとんどが断崖絶壁となっており、川を挟んでの対岸もまた
崖となっているために、外部からの敵の侵入を極めて困難なものとしている。
まさに絵に描いたような天然の要塞都市である。
それゆえに、様々な民族、宗教徒によるそれぞれの統治時代に、ほとんど常に
その中心地としての役を果たしてきたのであろう。
「自然の地の利を生かした天然の要塞都市」とは良く言ったものである。

 この町は勿論、スペイン国内にある8つの世界遺産の指定を受けた町並みの一つであるが、
その素晴らしさと言えば、とても口で言い表せるものでは無い。
しかし、一体、何がそんなに素晴らしいのか?
残っている歴史的モニュメントの数だろうか? その建築美の素晴らしさだろうか?
町並み全体の美しさだろうか?
この問いに対する答えを、実のところ私自身、今まで考えてみた事も無かったが、
今改めて考えてみると、勿論、それらの全てがこの町の素晴らしさの理由ではあるが、
何よりも感銘を受けるのは、やはり、その歴史の深さと複雑さ、そして、その稀に見る
複雑な歴史を、自分達の祖先が残した極当たり前の財産として、現代の人々が
そのまま自然に受け継ぎ、その価値の重さに押しつぶされそうになる程のとんでもない
遺産の中で、今も尚、この町の住民が、実に淡々と当たり前の日常生活を送っている
事なのではなかろうか。
そして彼らの祖先が残してくれた数々の遺産に対する愛着と尊敬の念の深さにも驚かされる。
果たして、これだけの遺産が日本にあった場合、我々日本人民族はこれほど見事に
保存し続けることが出来るのだろうか?


 私の部屋の電話が鳴っている。

やれやれ、、、何かトラブルでもあったかな?
冷たいビールでも飲みませんか、なんて楽しいお誘いであれば大歓迎なのだけれど。


午後のトレド観光を済ませて、新市街にある大きなホテルに到着した。
この町にある唯一、大きな近代建築のホテルである。
某旅行会社の主催する高級ツアーの現地ガイドとして私は、その全行程に同行していた。
今回の参加者は熟年カップルの二人だけで、決められた日程があるとは言え、
出来る限り彼らの要望に応じながら旅を進めていくと言う贅沢ツアーであった。
たった二人の客に対して、日本から同行する添乗員と現地ガイドである私の二人が
付き添っての旅である。

トレド観光が終わった後、以前、すでにこの町を訪れた事があった彼らは、今回の再訪を
本当に楽しんでくれたようで、満面に微笑を浮かべながらホテルにチェックインした。
丁寧にお礼を告げられ、案内した私自身も満足であった。
ホテルに到着した後の事は、役割分担もあるので、全ての業務を添乗員に
任せる事にしていた私は、滞りなくチェックイン手続きが終わるのを見届けると、
自分の部屋へ引き上げた。 夕食の時間まで少し休むためだ。
その時である。部屋の電話が鳴ったのは。
出来れば楽しい誘いである事を願いながら受話器を取ると、間髪入れずに添乗員の
叫び声が飛び込んできた。

 「大変なんです!」

何やら半分泣き声、、、 楽しいお誘いでないのは明らかだった。
どうしたのかと尋ねる私に彼女は答えた。

 「お客様が、かんかんに怒り出しちゃって、、、」


つい数分前まで、あれだけ満足されていた彼らがどうして、そう急変するものかと
不思議に思う私に、彼女は説明を続けた。
どうやらご主人が添乗員に怒鳴ったらしい。


 「せっかく素晴らしいトレドを見て感動しているのに、何だこのホテルは!
  これじゃぁトレドが台無しじゃないか! すぐにホテルを変えろ!
  絶対にこんな所には泊まらないからな!」


とまぁ、機関銃のごとくまくし立てられ、途方にくれた彼女は、すぐに改めて連絡する旨を
伝えて、私に泣き付いてきたらしい。


確かに彼の言う事も判らない訳では無い。
世界遺産の町並みを満喫した後は、やはり新市街にあるホテルではなく、同じ世界遺産の中に
宿泊すべきであろう。
夕食までの時間、体力にゆとりがあれば、自由気ままに、それが例え10分でもあの素晴らしい
町並みの中を散歩したいものである。
私自身、ツアーの案内をする身でありながら、この旅行社のやっている事には理解を越える
ものがあった。
がしかし、雇われの身としては、そんな事も言っていられない。
ここはお客様をなだめ、ここに泊まってくれるよう説得するべきだろう。
私は彼女に、何とかして彼を夕食に連れてくるように告げた。


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