スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第29章 チンチョン(前編)

『なんで英語で書いておかないのかねぇ!』


 先に断っておくと、今私は、ここで特にスペイン旅行記を書いている訳では無い。
いろいろな町を案内した折に、日本から来られた旅行者の方々と共に過ごしたその時間の中で、
彼らとのやり取りを通じて発見した事や、私自身が得た教訓などについて、無造作に
書き連ねているだけである。
スペイン旅行記を書くのなら、もう少し気の利いたものを書いてみたいと思う。
従って、前章からの流れとしてこの章ではアンダルシアへ旅が続きそうなものだが、
あのお話はすでに完了しているのである。
ここではマドリッドから車で40分程離れたところにある、「観光地では無い観光地」、チンチョンでの
出来事を紹介してみる事にする。

 マドリッドから南へ伸びる主要国道の一つ、アンダルシア街道を半時間程走ると、
ギターコンチェルトでも有名になったアランフエスと言う名の町に到着する。
タホ川の水に潤された緑地帯であり、昔から農業が盛んであった。
緑が多く景色が綺麗なところで、王室の離宮も造られた。
更に前述の音楽作品が世界で有名になった事から、観光地としても随分と知られるように
なった町である。
が、この町から20分ほど地方道を走り、くねくねと山の合間を抜けていくと、そこに
「観光地ではない観光地」チンチョンがある。

この表現は一体、何を意味するのか? 
訊かれても困るのだが、確かにインターネット上で、私が勝手に作り出した表現である。
特に有名になる程の売り物がある訳でもないのにそれなりに名を知られている小さな村々は
スペイン国内に沢山あるのだが、この村はそれなりに知られているような次元ではなく、
非常に良く知られている村なのだ。
そして、特筆すべきモニュメントが無い事に変わりない。なんとも不思議な村である。
 手元にあるガイドブックを開いてみてもらえばお分かり頂けると思うが、おそらく、
観光スポットとして記されているのは、ひなびた中央広場と、ゴヤの作品と思われる宗教画がある
一軒の小さな教会ぐらいではなかろうか。
その程度の村なら他にも沢山ある。
なのにこの村の名前は群を抜いて有名であり、訪れる人も多い。
これが「観光地ではない観光地」と私が呼ぶ所以である。

とまぁ、なんとも謎めいた書き方をしたが、異常なぐらいに知名度が高い種明かしをすると、
一つにはチンチョンと言う町の名がそのまま付けられた有名な酒がある事、
それから、かつてヨーロッパでマラリア熱が流行った折に、その特効薬として知られるキニーネが
この地の領主、チンチョン伯爵家によって初めて輸入され、この村からヨーロッパ全土へ
広がったために、同特効薬を別名、チンチョンと呼ぶと言う所にもその高い知名度の
秘密があるのであろう。
そう言う歴史的役割を担った村でもある。

 村の入り口付近にバスが停車出来る広場がある。
そこで大型観光バスを降りて、5分も歩くと、ガイドブックに紹介されている
「ひなびた中央広場」に到着する。

先頭を歩く私のすぐ後ろにいた初老の男性が話し掛けてきた。

 「あれは何が書いてあるのですか?」

見ると、中央広場や城跡などの方向を示した道しるべがあった。

 『あちらへ行くと広場があり、右へ行くと古城があると言う意味ですよ。』

こう答えると、彼は非常に怪訝そうに言った。

 「何で英語で書いておかないのかねぇ!」

実に理解に苦しむ質問である。一体、どこからどうして、このような質問が出てくるのだろうか?

 『え? 英語ですか?』

彼はいとも自然にうなずく。

 「そう、英語だよ。ここは観光地でしょう? だったら英語で表記してあって当たり前じゃないですか!
  英語は世界共通語なのだから!」


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