スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第30章 黒牛と税関(後篇)

『もう! ホントにスペイン人は駄目ね!』


 こんな例もある。あるツアーの客から次のような質問を受けた。

「免税手続きは、出国時にマドリッドの空港でやれば良いのですか?」

ヨーロッパ一致協力と言った動きの中で、ヨーロッパ諸国間での出入国審査や税金に関する規定が
全く変わりつつあった時代である。
シェンゲン協定と言うものに加盟した国々については、免税手続きは、シェンゲン加盟国から
出る時に行うと言う事に決まりつつあった。
つまり、スペインへ旅行に来て、この国で買い物をした場合、その免税手続きは、以前ならば
スペインから出国する際、ここの空港で行うものであったが、この協定が出来た時から、
飛行機の乗り換えをする最後のシェンゲン加盟国の空港で行うという方式に変わりつつあった。
例えば、スペインから日本へ帰る場合、仮にパリ経由で飛ぶのであれば、手続きはパリの空港で
行うと言った具合である。
ところが、このような手続きの変更があっても、スペインのような国では、それが徹底されるまでには、
実に長い時間がかかるのである。
結果、空港の税関員の気分によって、本来はパリでやらなければいけないのに、その場で
手続きが出来てしまう事もあった。
しかしあくまでも、それは誤りであり、本来はパリでやらなければいけなかったのである。
そのような状況の中で、私は、先述の質問に対して、こう答えた。

『たまにマドリッドの空港で出来る事もあるのですが、法的には飛行機の乗り換えをされる国の
空港でやることになっていますよ。』

その時である、傍にいた同ツアーの添乗員が猛烈な勢いで割って入ってきたのは。

「え? 何ですか? 免税の事ですか? それは私の方が良く知っていますからガイドさんに
訊かないで私に訊いてください!」

そして、彼女は私に向かってこう続けた。

「私から詳しく説明しますので、あなたは黙っていて下さい!」

何を怒っているのだろう、、、本当に不思議なぐらい「きつい口調」だった。

今から思えば、現地在住ガイドが同行していると、それを上手に利用し、相互協力の下に
より良いサービスを実現しようとする添乗員もいれば、自分の出番が無くなり、参加者の尊敬や
評価が現地在住ガイドに集中するのを良く思わない人もいるのだが、この時の添乗員は、
その後者に属する典型的な人だったのだろう。

それから、バスに乗り込むと、彼女はすぐにマイクを取り、次のような演説を打った。

「先ほど、ガイドさんに免税手続きの事をお尋ねの方がおられましたが、そう言うことは
私の方がずっと詳しく把握しておりますので、私の方からご説明致します。
最近、ヨーロッパ統一に向けて、以前と少しシステムが変わってきてはいますが、基本的に
今でもマドリッドの空港で手続きは出来ます。
飛行機の乗り換え空港でやらなければいけないと思っている方がおられるようですが、
それは間違いです。
私は何度もこの手続きをやっておりますが、マドリッドの空港で出来ますのでご安心下さい。」

ツアー会社の名前は勿論ここでは出さないが、誰もが知っている大手旅行社の、
かなり年配、自称、超ベテラン添乗員である。

どこまで知ったかぶりをすれば気がすむのか、、、

到着当時から、彼女が説明するインフォーメーションを聞いていると、その情報の古さから、
恐らく何年もの間、スペインを訪れていないのは明らかだった。
それなのに、どうしてこれ程にまで知った振りをして、客の迷惑になるような事を言うのか。

仮に私が過ちを正したところで、また凄い剣幕で否定するだけだろう。
とりあえず、私は苦笑いしつつも黙っていることに決めた。

翌日である。このツアーを空港まで見送ったのは。
空港に到着して、チェックインが終わり、搭乗券を受け取ると、彼女が言った。

「すみません、免税手続きをされたい方をお連れして下さい。
 絶対にマドリッドで出来ますから、よろしくお願いします。」

困ったものである。
スペインの法律を自分が作っているとでも思っているのか。

私は仕方なく、数人の客を税関へ連れて行った。
そして、何度もここを訪れている私は、すでに顔見知りの税関員に言った。

『ちょっと、お願い。』

「ん? あれ? これはパリ経由じゃないの?」

『そうなんだけどね、、、』

「そりゃ、おまえ、パリじゃないと出来ないことぐらい知ってるだろう?」

『あぁ、判ってるよ。ちょっと悪いんだけど、事情があるもんで、今、2、3分、俺があんたと
交渉する振りをするので、それに付き合ってもらえないかね?』

「なんだそりゃ? 別に良いけど。」

このような会話をしばらく続けたあと、私は、後ろで様子を見守っていた客に向かって言った。

『添乗員さんが言われていたように、ここでも出来る可能性はあったのですが、残念ながら、
今日は無理みたいですね、、、 頑張って交渉してみたのですが。』

プライドだけ高い「ずっこけた添乗員」へのせめてもの気遣いである。
何もここでツアーの最後に恥じをかかせる事もあるまい。
親切心からの言動であったが、その後、グループの待つところへ戻り、手続きが出来なかった事を
添乗員に報告した時の彼女の言い草がこうであった。

「もう! ホントにスペイン人は駄目ね! 何も出来ないんだから!」


呆れて物も言えないとはこの事である。
自分の無知を認めず、規律どおり正しい対処をしたスペイン人の税関員に対して、
この言い方ってあるだろうか?
この時のツアー客は皆、スペイン民族がだらしなく、いい加減であるがために
この手続きが出来なかったのだと、信じて帰った事だろう。

こう言う出来事を目の当たりにすると、恐らく、ツアーの間中、ずっとこんな調子で嘘をつき続け、
全ての失敗をスペイン人のせいにして来たのだろうと言う事が容易に想像出来るではないか。
果たして、この添乗員は、スペインを楽しんでもらうために同行して来たのか、それとも、スペインは
こんなに酷い国だと言う出鱈目を吹聴するために送られてきたのか? 
スペインを愛し、この国に住む者としては、このようなツアーは1本足りとも、この国に
送らないで欲しいものである。
また、参加者は気づいていない事が多いだろうが、このようなツアーに参加して、嘘八百に
誤魔化されながらスペインを旅して帰って行った方々が気の毒でならない。
勿論、最も気の毒なのは、悪者にされたスペイン民族だが。

 すべての添乗員業の方々がこうではないのだが、現地在住ガイドが付かないツアーが増えた中、
知識不足のために多かれ少なかれ嘘をつき、ツアーを最後までなんとかこなしている、、、と言う
添乗員が実に多いと言うことは周知の事実である。
ただし、これは根本的に添乗員のせいではない。世界中の国々の生の諸事情を把握するなんて事は、
誰にも不可能な事であるにも関わらず、把握している振りをして添乗員に現地ガイドの物真似を
強要している旅行社に全ての責任がある。

ツアーに参加しようとする人は、全行程において、現地在住の日本人ガイドが同行する商品を
選ぶこと、これがツアー選びの最重要ポイントであろうが、安売り合戦が続く今、すでにそう言った
ツアーはほとんど姿を消しつつある。

こんな事を書いていると、添乗員業界から石を投げられそうだが、信用してくれているツアー客に
嘘をつく事の罪の重さと醜さを再認識し、これを犯さないようにすべきなのは何も添乗員だけではなく、
我々在住ガイドも全く同じ事なのである。
在住ガイドであれ、何でも知っている人など存在する訳も無く、より多くの知識を得るための
日々の精進、そして常に謙虚さを保てるよう努力すべきであると言う事において、何等、差異は
無いのだと思う。
ただ、金儲けを最優先し、異国の文化を踏みにじるようなツアーに、スペインの土を踏まれるのは
お断りである。
この国を訪れるのであれば、この国の文化に敬意を表すべきであろうし、自分達の都合で
この国の人々や文化の悪口を何も知らないツアー客に吹き込むような行為はあってはならないと思う。

偉そうなことを書いたと思うが、私自身、自戒の念を込めてこの章を終える事にしたい。


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