第3段階:新職種「日本人ガイドアシスタント」と言う造語を行ない、これの必要性を
説いて自営業用労働許可証を再申請する。
この結果、少し変化が生じた。数人いた我々仲間の中に、一人だったろうか、
受理されたものがあり、自営業用労働許可証を手に入れたのだ。
しかしながら、それ以外のメンバーは私も含め、全員、却下。
この時代、我々以外にも、皆、様々な工夫をして許可証を手に入れようとしたものである。
とにかく、スペイン人では無理であり、我々日本人にしか出来ないと思えるような職業を
考えて、それを行なうための労働許可証を申請するのである。
例えば、当時はまだ、日本食の板前技術を持つスペイン人はほとんど皆無に近かったため、
この職種については、比較的、許可がおりやすかった。
この手が効かなくなってくると、次ぎは「畳職人」などと言う職種を持ち出し、申請する者も
あったように記憶している。
勿論、その人が畳など作るわけも無いのだが。
とにかく、あれこれと手を尽くし、なんとか合法的にスペインに残れまいかと皆それぞれ、
必死に頑張った。
そんな中、我々もまた、次ぎの段階へと進むことになる。
第4段階:難民への道
滞在・労働許可証を申請して、これを却下されると、指定された期日内に、不服申し立てを
行なうか、または、国外退去せねばならない。
控訴するにしても、それを無限に続けられる訳ではなく、却下判決&控訴を繰り返す内に、
これ以上の控訴は出来ないと言う最後通告がやって来る。
結局のところ、サラリーマン用の労働許可証を持っていれば、それを土台にして
自営業者用の労働許可証を入手しやすくなるのでは無いか、と言う弁護士の予想は、
完全に裏切られた。
お先真っ暗である。
そんな折、スペイン社会に一つの変化があった。
ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸との接点に位置するこのイベリア半島には、毎日のように
アフリカ大陸から多数の違法入国者がやって来る。
途中まで簡易ボートに乗り、スペインの海岸が近づいてくると海に飛び込んで泳いで
渡ってくるのだ。
まさに命がけの移民である。
発見され、強制送還処分を受ける者もあれば、海岸まで辿り着けず、命を落とすものも
数多い。
そう言った中で、発見もされず、命からがらスペインの大地に辿り着き、この国に居つく事に
成功した人々もたくさん存在する。
スペイン国内に住むそんな違法移民の数は半端なものではなく、それが違法であると言う事の前に、
すでに住んでいると言う既成事実が存在するため、ある一定の滞在期間が過ぎると、
その既成事実が自ずと権利を生み始める。
15世紀ごろに違法入国を果たし、その後、数百年に渡って違法滞在を続けている
ロマ族(ジプシーと呼ばれていた人々)に対し、滞在・労働許可証を持っていないと言う理由で、
追い出す事は出来ない。
すでにここに住んでいると言う既成事実の上に基本的な人権が存在するからである。
そして、これと同じことが現代の違法移民にも適用される場合がある。
現実的な問題として、スペイン政府にとってみれば、多数の違法滞在者をそのまま
放置しておくよりは、少なくとも一定期間住んでいた既成事実がある者については、
取り締まるよりもあえて合法化を促し、正規の雇用に就けるようにして、その結果として
税金や社会保険料を納めるよう仕向ける方が得策と言える。
その方が社会も安定し、国庫も潤う訳だ。
そう言った違法滞在者に対する特別措置と言う不思議な法令が出された。
一定の日付が提示され、それ以前からスペイン国内に住んでいる事を証明出来る
違法滞在者については、滞在・労働許可証を発行するので名乗り出ろと言うのである。
そもそも、違法滞在者は、それが見つかると国外退去を命じられるため、
いつもびくびくしながら、密かに日陰での生活を送っている訳で、まさかそう簡単に
自ら違法滞在をしているなどと、名乗り出られるものでは無い。
こんな都合の良い話をちらつかせて、隠れ住んでいる違法移民を一網打尽にしよう
と言うのでは無いか、、、 誰もがそう考えたであろう。
が、しかし、同時に違法滞在者にとってはあまりにも魅力的な話である。
とりあえず、我々としては、この妙な法令がどのような展開を見せるのか、
少し見守る事にした。
結果、勇気を出して名乗り出た違法滞在者達、アフリカ系人種が多かったが、
彼等が次々に合法化され、労働許可証を手にして行った。
しかも、中には自営業用の許可証を受けるものもあった。
これは一体、どう理解すれば良いのか?
これまでサラリーマン用の労働許可証を持ち、合法的に暮らしていた我々には出さない
自営業用許可証を、全くの違法滞在者には発行しているのである。
どう考えても理屈の通らない現象が、目の前で起きていた。
それならば、我々もこの特別措置の恩恵に与れば良いのでは無いか、と言う発想が
自ずと浮かび上がるが、ここに大きな問題があった。
この特別措置の対象になっているのは、あくまでも違法滞在者であって、我々のように
サラリーマン用の許可証を持ち、合法的に滞在している者には適用されないと言うのだ。
格なる上は、、、、
そう、自ら、違法滞在者になるしかない。
一緒に頑張って来たメンバーは、死なばもろともでは無いが、皆、同じ決心をした。
これまで続けてきた控訴を止め、同時に雇用者用の許可証の更新手続きも一切行なわず、
これを捨てて違法滞在者の仲間に加わった。
これでいつでも強制送還の対象となる訳である。
全ての防具を捨て去り、裸一貫となって移民局に自分達の運命を預けたのだ。
その結果、いともあっさりと我々全員が、自営業用の労働許可証を手に入れた。
ただし、通常の形で支給される労働許可証は、スペインの内務省による発行となるが、
我々が受け取った許可証は、違法移民であったことを示す文字が大きく印字された、
移民局発行のものだった。
果たして、この2種の許可証にどのような違いがあるのか?
お役所の誰に尋ねても、弁護士に尋ねても、誰もその答えは持っていなかった。
何故なら、このような特殊な法令が出されたのはこれが初めての事、前例が無いために、
今後、自ら違法移民であったと名乗り出た我々が、どのような待遇を受けるのか
誰にも予測出来なかったのである。
ただ唯一、その時点で判っていたのは、通常の内務省発行の許可証を持つ者については
その家族を合法的に呼び寄せる事が出来るが、我々が手にした許可証では
仮に実の子であっても、配偶者であっても呼び寄せることは不可となっていた事だ。
つまり、これは滞在・労働許可証と呼べるものではなく、住む所を失った気の毒な難民を
受け入れるための「難民手帳」と言ったところだろうか。
かくして、私もこの難民の一人としてスペインに住むことを許されたのだ。