スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第34章 ものさし(前編)

『熱いうどん』


疲れる、、、そう、勘違いをしている方々とお話するのは本当に疲れる。
スペインに住んでいて、通訳ガイドの仕事をしていると、自然と日本人観光客との
接触が多くなるが、観光客の中には大きく分けて2種類ある。
つまり、個人で旅行に来る人と、旅行会社が主催するツアーに参加する人である。
前者は、まるでそれ以外のスタイルは無いのかと思えるほどに、決まって
某出版社が販売している同じガイドブックを手にして街中をふらふらと全く無防備に
歩いている。
高校生のアルバイトですら1時間も働けば1000円近くの給料を稼げる国の人間が、
同ガイドブックに掲載されている1泊2000円程度の安宿を利用しながら
旅をしている。
セーフティーボックスも無く、セキュリティーが全く欠如している宿を利用したがために、
あらゆる貴重品を身に付けて、満足に食事も出来ずに飢えに苦しんでいる
泥棒たちがうようよといる都会をさ迷っているのである。
中には、夜の地下道を歩く者までいる。
日本であっても、知らぬ町の夜の地下道は出来る限り避けるだろうに、、、

日本人ツーリストの盗難被害が急増する中、これら現地事情を全く無視した
異常とも思える行動をとる彼らが、その被害者の大半を占めていたのである。
そして、盗難の被害に遭うと決まって言うのだ。 「スペインは治安が悪い」と。
スペインの治安が悪い、、、果たしてそれは本当だろうか?

私はすでに、18年(2003年現在)もの間この国に住んでいる。
それも、日本人ツーリストの被害が最も多発している首都マドリッドの
ど真ん中にである。

一庶民に過ぎない私は、地下鉄や路線バスを利用して生活を送っているが、
特に危機感もなく、のんびりと平和な毎日を送っている。

インターネットが普及したおかげで、日本のニュースが身近なものとなったが、
日本で頻繁に起きている目的の判らない無差別殺人や変質的な様相を呈した
事件を見ながら、なんとも物騒な国になったものだと、わが国ながらその行く末を
憂えているのである。
そう言う国から来た人々に、スペインの治安が悪いと言われると、正直言って、
一種の驚きを感じる。
まず第一に、日本で頻繁に見られる犯罪は、殺傷事件ではないか。
第二に、その中に、無差別に行われる犯罪が結構目立つではないか。
これでは、いつどこで誰に殺されるか判ったものではない。
これこそ、本当に恐ろしい状況である。
それと比較すると、スペインの場合、ツーリストが遭っている被害と言っても、
それは盗難である。
これは、アフリカを中心に、西ヨーロッパとは比較にならない程、貧しい生活を
強いられている地域からの違法移民がたくさん入り込んでいるために、
毎日の食にも困っている彼らが腹を満たすために犯すものであって、社会的に
非難されるべき行為ではあっても、その必要性を完全に否定出来る人は
誰もいないであろう。
私だって、その日の食事に困ったら、同じ事をするかもしれない。
その日の食事どころか、3日間、何も口にしていないところへ、目の前に
熱い湯気のたつカツオ出汁の香り高いうどんなどを見せられたら、
乱暴を働いてでもそれを奪うかもしれない。
小さな子供が腹を空かせていれば、何か食べさせてやりたい一心で、
泥棒を働くかもしれない。生きるためなのだ。

次に、この問題は、金気の物を狙っているために、防ごうと思えばいろいろな
対策を考える事が出来る。
日本で見られる無差別殺人事件のように防ぎようのない危険な犯罪ではないのだ。

これらの事を冷静に考えてみれば、単なる比較対照の問題で、私には
少なくともスペインが日本よりも危険な国であるとは、到底思えない。
では、実際に数多く発生しているツーリストの盗難事件については、
どう理解すればよいのか?

これは、厳しい言い方かもしれないが、ただ単に日本国内、或いは、自分が
住んでいる地域のみで通用する常識、同じく地域限定での価値判断の
基準となる「ものさし」をそのままスペインと言う全く違った世界に持ち込んで、
同じように物を図ろうとし、同じように行動しようとするところから生じた
カルチャーショックの一種なのだと思う。


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