スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第35章 新しい挑戦(後編)

『電話代二十万円』


 随分と時間をかけて、やっと無事、Windows 95の「インストール」作業が終わったらしい。
今度は様々な設定をしなければならない。
そして、一番の目的であったインターネット接続の手続きと設定をやらなければ
ならない。

「とりあえず、どこかのプロバイダーと契約をしてちょうだい。」

またまた、弟が宇宙語を話す。
何だろうそのプロバイダーって?

全てがこの調子だから、とにかく、無事にインターネット接続が出来て、
メールのやり取りが出来るようになるまでに何日もかかった。
また、せっかく全ての設定が終わっても、慣れない私が使う訳であり、更には
当時のWindowsの不安定さもあり、すぐに不具合が生じ何度も再インストールを
余儀なくされた。

トラブルがある度に、当然自分では解決できず、弟に電話するわけで、
パソコンを買ってから最初の2ヶ月間に私が費やした国際電話代は、
20万円を下るまい。
それもこれも、市内通話料金で日本と通話するためであった。

やれやれ、元がとれるのは何時の日か、、、と嘆いたものだが
そんな心配は無用だった。
そう、あっという間に元は取れたのである。
なんとも便利な世界になったものだと実感した。

その後の私と弟との会話には、経済的な制限は何もなかった。
お互いにインターネットにつなぎっぱなしであったため、両者の間では頻繁に
通話状態が保たれていた。
2時間や3時間、つながれたままである。
別にその間、ずっと会話をしている訳ではない。
お互いにそれぞれの仕事なり読書なりの日常生活を送っているのだが、
何か質問や話したい話題を思いついた時に、まるで両者が同じ部屋にいるかの如く、
話し掛けるのである。
どちらも、部屋の中にマイクが置いてあるので、部屋のどこから話し掛けても
相手のスピーカーからその声が聞こえる。

何と言う環境の変化であろうか。
それまで、海外で暮らす者にとって、日本に住む家族との会話ほど貴重なものは
なかった。
今よりも遥かに電話代が高かったこともあって、そう頻繁に国際電話をかけられる
ものではなかったのである。

それ以降、私と日本にいる家族との距離がほとんど無くなった。
そんなこんなで、私のコンピューター、そしてインターネットと言う
得体の知れぬ世界への挑戦が始まったのである。
それからと言うもの、それまでよく遊んだ麻雀や玉突きは、ほとんどやらなくなり、
毎日、時間があれば、コンピューターとにらみ合って過ごす事となった。


目次へ

トップページへ戻る

無断転載、お断り致します