スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第45章 一つだけ胸を張って威張れる事(第一部)

『虫の知らせ』


 ここまで、私が何人もの仲間の協力の下に設立、そして運営してきた会社と協会と言う、二つの
活動基盤について話を進めて来たが、ここで、これら全ての活動を支えてきたもう一つの大切な拠点、
ベースについて触れてみたい。
ただ、そのためには、ここで再び10数年前に話しを戻さなければならず、そうすると随分と話が長引くので
幾つかの章にまたがる事になるが、気長に読んで頂ければ、と思う。

 1992年にセビージャ万博、そしてバルセロナオリンピックと大きなイベントが二つ控えていたスペインでは、
大きな社会的変化が生じつつあった。
それは一言で言うと、「治安の悪化」である。
万博やオリンピックに向けて、世界レベルでスペインがクローズアップされ、それに伴って開催の数年前から、
スペインを訪れようとする観光客の数がうなぎのぼりに増え始めた。
これだけ影響が出るものか、、と驚くほどの変化だった。
これ自体は観光立国スペインにとって良い傾向なのだろうが、「観光客集まるところ、泥棒も集まる」と言うのが
自然な流れで、ツーリストの増加と共に、彼等をターゲットとした盗難事故件数もまた、うなぎのぼりに増え続け、
92年が終わった後も、状況は悪化し続け、事態は深刻なものとなって行った。

 当時、一般の旅行会社が主催するツアーのガイドをしていた私にとって、自分が担当したグループを
何とかして無事に、誰も被害に遭うことの無いよう日本へお見送りするという事が最重要課題となりつつあった。
努力の甲斐あって、私の記憶に間違いが無ければ、当時、私が同行中にひったくりなどの被害があったのは、
一度だけだと思う。
昼食を食べ終り、レストランを出てバスまで移動する僅かな移動中に、その事件は起きた。

ツアー会社は、利益追求のため、一台の大型バスに乗りこめるぎりぎりの人数まで参加者を受け付けるのが
普通だ。
そのため、どれだけ注意しても、グループの先頭を歩く我々ガイドの目が、グループの最後部まで及ぶ事は
不可能であることが多い。
40人のグループを引率して歩く時、どれだけ周囲に不審な人物がいないか目を配っても、
100%探知するのは難しい。

あの日も、私は大人数のグループの先頭を歩いてバスへ向かっていた。
レストランを出る前に、添乗員に最後部の守備をお願いした。
勿論、添乗員とて、生身の人間であるため、泥棒に襲われる危険性はツアー客と同じである。
よって、十二分に注意をするよう促してレストランを出た。

私には妙な「感の良さ」と言うのか、「虫の知らせ」のようなものがあって、この日、実に嫌な予感が
していたのだ。
何年もツアーガイドをやっていて、この日だけ、感じたあの「嫌な予感」は今でも覚えている。
添乗員にもしつこいぐらい注意を促した。

「今日は疲れていることもあるのだと思うけれど、朝から私の「注意力」がグループ全体を包めていない。
だから、何か悪いことが起きる気がする。 レストランを出たら本当に気をつけて行こうね。」

これがあの時、レストランを出る前、添乗員に告げた最後の言葉だった。


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