スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第47章 定住計画 (第三部)

『初めての不動産売買』


売主は、中間経費を節約するため、不動産屋は通さず、私との直接契約を要求していた。
私にとっては、今まで経験したことも無い大きな買い物である。
不動産屋の仲介なしで、この売り主を信じて良いのだろうか?
不安は正直なところ、頂点に達していた。

手付金を支払う時、その受け渡し場所として、住宅ローン融資を約束してくれた銀行の支店を
指定した。

現れた売主に、その支店で発行してもらった小切手を渡す。

その時、支店の全スタッフが私の顔を見て、「本当に渡していいんだな?」 と言うテレパシーを
送った。
間違いない。私はそのテレパシーを全身で感じた。

そして次に、全スタッフが、私から小切手を受け取ろうとしているスペイン人の
中年男性の顔を、あたかも犯罪者を見るかのごとく疑いと不信感に満ちた眼差しで、
彼の顔に穴が開くのでは無いかと思うほど見つめた。

全員が、この中年男性が、まだ若い外国人である私から金を騙し取ろうとしているのでは
無いかと、心配してくれていたのである。

一瞬、言葉では表現できないような空気が現場を包んだ。

そんな中で、私は一大決心を下した。

周囲の皆が心配してくれているのは一目瞭然で、また、そのテレパシーが強ければ強いほど、
私自身、一体どこまで人を信じて良いのか判らなくなっていたが、頭の先から足の先まで
熱く火照るのを感じつつも、私はその中年男性に小切手を渡した。

仮に騙されたとしても、あくまでもこれは手付金であったため、その額は数十万円程度。
当時の私にとってはそれでも充分に大金であったが、数百万と言った損害では無かった。

結局、顔に穴が開くほどに周囲から睨み付けられた彼は、悪人では無かった。

その後、銀行ローンを組むと言うことで、本契約は我々当人どうしだけでのやりとりではなく、
銀行が用意した場所で、銀行が用意した公証人立ち会いの下で行われ、私の人生で
歴史に残るこの一大イベントは無事、終了した。
これにて、私にとって最初の、いや、2度目の「金銭」による借金人生が始ったのだ。
最初の借金は、両親から出世払いで借りたヴァイオリン代で、これもまだ未返済のままだった。
ちなみに、この住宅ローンの年利は14.5%だった。

後日談だが、あの支店で全銀行員から疑いの目で見つめられた売主は、やはりその
テレパシーを全身で感じたらしく、いたたまれなくなってその場から逃げ出そうかと思ったらしい。
気の毒なことをしたものだ。


目次へ

トップページへ戻る

無断転載、お断り致します