スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第49章 メンバーズハウス誕生(第二部)

『足る事を知る人』


 持ち家を買いたいと現れたのは、当時60歳ぐらいだったろうか、
スペイン人の未亡人で、ご主人が亡くなったため、大きな家に
住む必要もなくなり、小さなマンションに引っ越そうと、姉妹が
住んでいたエリアに売り物件を探していたところ、なんと、姉妹が住む
同じ建物に見つけたマンション、それが私の持ち家だったのだ。

売りを急いでいた私は、最初から、手を出しやすい値をつけていたが、
彼女も姉妹と同じ建物に引っ越せると言う事がとても嬉しかったようで、
一切、値切る事もせず、こちらの言い値で承知した。
不動産の売買契約は、私にとっては2度目で、今度は初めて売る側の立場となる。

2度目とは言え、やはり緊張していたのだが、何と買主である彼女は、
非識字者で、不動産売買の契約書どころか、どんな簡単な文章も
読む事が出来なかった。
この時代、年配の女性の中には、文字を読めない人が多かったのだ。
ご主人が健在だった頃は、何もかも彼に任せきりだったのだろう。
今、一人になって、世間から騙されまいと必死で頑張っているのが
感じられた。

そんな彼女が、不動産屋を通じて幾つかの物件を紹介され、
その中の一つを購入しようと考えていたそんな時に、私の家が
売りに出ていることを同じ建物内に住んでいた姉妹から
聞いたらしい。

不動産屋とのやりとりが続いている時に私と会ったりしたため、
私も不動産屋とすれ違い程度で顔を合わす事が何度かあった。
その内、彼女が不動産屋に対して強い不信感を抱いているのが
感じ取れたので、不動産売買の経験者として、私は彼女の相談に
乗ってあげる事にした。

そんな事をしている内に、彼女の私に対する信頼は増大して行き、
最終的に私の持ち家の売買契約を交わす時には、スペイン語で
書かれた契約書の内容の全てを外国人である私がスペイン人である
彼女に、噛み砕いて説明してあげると言う不思議な流れとなったのを
今も覚えている。

そんな彼女の全面的な信頼を受けながら無事、売買契約を終えた。

日の当たらない小さなマンションを手に入れた彼女、イサベルは、
満面に微笑みを浮かべ、それは嬉しそうに見えた。

その後、彼女なりの小さな改装工事を終えたあと、見に来てくれと
家に呼ばれた事があったが、その時も本当に嬉しそうだった。

この時私は、自分も含め、より裕福な生活を果てしなく追い続ける
人間が多い中、イサベルの笑顔の中に、「足る事を知る人」の姿を
はっきりと見た気がした。
あの時の彼女の笑顔、彼女の瞳の輝きは、一生、忘れないようにしたい
私の宝物である。


目次へ

トップページへ戻る

無断転載、お断り致します