スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第8章 潮流


『日本からスペインまでの飛行機代っていくらなの?』


 心の中に、何かを発見した喜びが確かにあった。

しかし同じ心の中に、完全なる決断にブレーキをかけようとするもう一人の自分もいた。

長い年月、日本で培われた日本人としての常識を背負った私である。

何かもう一つ、私が後戻りしないように前へ前へと押しだしてくれる力が必要だった。


 気持ちがすっきりとしないままの状態で、アナ・レテックが住むマンションへ向かった。

勿論、ヴァイオリンをかかえてである。帰国前の最後のレッスンであった。


この半年程の間、一銭たりともレッスン料を請求しなかった彼女は決して裕福な生活

なんてしていない。

楽団仲間とシェアーするマンションには最低限のものしか見当たらず、実に質素な

生活を送っているのが、一目見れば判った。

それでも故国ポーランドでの生活に比べれば、スペインの小さなオーケストラで稼ぐ給料は

はるかに良い生活を与えてくれていたのだろう。


「それで? 日本に帰ったらヴァイオリンはどうするの?」


また、この問いである。

以前、マリア・ホセと話した時と同じ事を答えた。


『就職して、何かの仕事を始めるから、そうするともうヴァイオリンを続ける時間なんて

ほとんど無いかもしれない。それに日本でヴァイオリンを習おうとすると、とんでもなく

高いお金がかかるから、、、』


ただ、今回の私の言葉には、前回ほどの確信が伴わなかった。

本当にそれで良いのだろうか?

人生にかかわる大きな間違いを犯そうとしているのではないのか?

そんな気持ちが、アナの問いに答えながらも私の頭の中を駆け巡っていた。


「戻ってらっしゃい。そうすればまた私が教えてあげるから!」


こう言う流れなんだ。

そうしろと周囲の全てがそう言っているではないか!


決断するための何か言い分けが欲しかったのかもしれない。


これで優柔不断であった私の意は決した。

潮の流れに乗ってみよう!

音楽を勉強するための奨学金だってあるはずだ。

アルバイトをしてお金をためて、奨学金をもらえば、或いは何とかなるのでは

なかろうか、、、そうだ、きっとなんとかなるに違いない。


必ず戻ってくる事を約束して、恩師アナ・レテックに一時の別れを告げた。


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