「アモール」(フラメンコのスタジオ)でギターを弾いていた日本人ギタリストの二人とも友達になり、
お互いに影響しあいながら、よくあそびました。 ・・・若い時の、私と「Masuko ちゃん」の写真が、佐藤愛子さんの本の「娘と私の天中殺旅行」に出ています。 単行本ではなく、ピンク色の本で、185ページ・「マドリッドのフラメンコの練習場には日本人のギタリストもいた」・・・ と写真だけで名前は出ていませんが、 左から、手だけの「テレサ」さん、「Masuko ちゃん」、後ろに立っておられる 「佐藤愛子」さん、そして、佐藤さんの娘さん、右の端が私です。・・・(大変おもしろい本です。)・・・
「Masuko ちゃん」のピソ(アパート)で、3人でフラメンコのレコードや実況のテープを聞きながら、
『このギターリストはかっこ良いとか、よくないとか』『この実況のテープ聞いてみな !』とか、フラメンコを聞きながら、
いろんな話をしたものです。そんなある日、夕食の時間になり、近くの日本レストラン・「東京飯店」に行きました。
3人は食べながら、フラメンコの話やギターの事、弦の事、いろんな踊り手の話などを、わいわいと話しながら、
お腹いっぱいになりましたが、こちらの習慣、食後にはデザートです。 あっ そうそう、「Masuko ちゃん」のピソ(アパート)の隣には今は有名な、「堀越千秋」さん(画家・カンタオール)が住んでおられ、 時々、カンタオールの「アグヘータス」を見かけました。
ある日、「Kujira くん」のピソ(アパート)に行くと、「Bomba ちゃん」(現在も日本で活躍しているギタリスト)が、
「どさまわり」というか、巡業の仕事から戻ってきていました。 (後に、私もした「どさまわり」についてはまた詳しく書くつもりです。)
ある日、『ボンちゃん、パコ・デル・ガストールというギタリスト知ってる?』と、「Masuko ちゃん」から聞かれました。
『ガストール ?』・・・私は知りませんでした。
私は、スペインに着いて数ヶ月目に、「パコ・デル・ガストール」のギターを聞いてしまいました。
・・踊りの「ファイーコ」と、歌い手―「ガスパル・デ・ウトレラ」の伴奏、そして、今は亡き「バンビーノ」のブレリアや、
ルンバの歌の伴奏。 ・・・『 そこの、日本から来たお兄ちゃん、我々と同時に「オーレ!」が言えない?・・・スペイン人にだって、わかんないやつはいるんだから、 気にするな、好きなんだろ、少しは分かっているようだから、我々と一緒に楽しめばいいんだよ !』・・・
と周りから言ってくれているように感じたのです。というのも、周りの多くのスペイン人と目が合っても、変な顔は見せず、
『今の見たかよ! よかったな〜』『今のギター聞いた? 最高だな〜』・・・と私に本当に言ってるように、
そして仲間に入れてくれているんだ、と思えたのです。
そしてこの時、フラメンコは、 音楽とは違うな〜 、もっと奥の深い『 何か 』があるな〜と身体で気付きました。 しかし、フラメンコが心底好きでわかるスペイン人と、私自身のなかから、本当に感じて「オーレ〜!」と同時に言え、 『 何か 』を共有して話せるまでには、この後も、何年もかかりました。
来月に続く
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