スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第50章 胃潰瘍 (前編)

『これも綺麗だろう?』


 スペインでは、改装工事の工期が守られる事は、少なくとも一般庶民の
生活の中では、ほとんど皆無である。
通常、工務店が約束する工期の2倍はかかると思っておく必要がある。
これを弁えていないと、事業を始める前に破綻してしまう事にもなり兼ねない。

貸し店舗を改装してバルやカフェテリアの運営を始めようとする人が、
例えば1ヶ月間の改装期間を予定し、2ヶ月目から営業を開始して収入が
得られると思っていたのにも関わらず、改装工事は約束の1ヶ月では
全く終わらず、2ヶ月かかってしまったために、資本金が尽きてしまい、
営業開始する事もなく、そのままその計画は断ち切れてしまった、
と言うのはよく聞く話である。

メンバーズハウスについても、その例外では無かった。

幸い、スペインのこう言った一面について、ある程度の認識があった私は、
工事開始後、5ヶ月後以降の予約しか受けなかった。
それが見事に正解で、2ヶ月で終わるはずの改装工事は、実に4ヶ月以上
続いたのである。

工期が守られないだけでは無い。

壁の角が歪んでいたり、床が水平で無かったり、タイルがずれていたり
するのは極当たり前の事である。
新しく取り付けた新品の窓もちゃんと閉まらない。
扉が床に当たるため、スムーズに開け閉め出来ない。
漏電しているため、すぐにブレーカーが飛ぶ。

と、挙げだしたらきりが無いほどに欠陥だらけの改装工事である。
そんな仕事しか出来ない工事人と4ヶ月も付き合う事が、どれだけ
重労働であるかご想像頂けるであろうか?

中でも、最も印象に残っている出来事がある。

とんでも無い遅れを伴って、だらだらと進む改装工事の状況を
毎日、出来る限り監視するようにしていたが、旅の案内で何日か
留守にする事も度々あった。

ある日、3日ほど留守にしたあとに工事の進行状況を見にやって来た。
いつもなかなか進まない工事なのに、その時に限って、物凄い勢いで
進んでいたのは良かったのだが、一歩、中に入った途端、目が点に
なってしまった。

メンバーズハウスには長い廊下がある。
その長い廊下に絨毯を敷いたように見せるため、床に使うタイルを2種類
用意してあった。

一つは白っぽいタイルでこれは床のほぼ全域に敷き詰めるもの。
そしてもう一つは茶色系のタイルで、これは長い廊下の中央部だけに使い
更にはこの部分だけを化粧タイルで取り囲む予定になっていた。
こうする事によって、長い廊下には周囲を化粧タイルで覆った茶色系の
絨毯が敷かれているような感覚を持たせようと言う趣向だったのだ。

ところが、3日間の出張から戻り、様子を見に来ると、床の工事はほとんど
終わっており、長い廊下は、私の注文を一切無視して、白と茶色のタイルが
チェス盤のごとく、見事に交互に並べられていたのだ。
呆れて物も言えないとはこの事である。
一瞬、何も言葉にならなかった。

ようやくどもりながらも私の口からこぼれた言葉は

『こ、これは何? 長い廊下に絨毯が敷かれたように見えるよう、
色違いのタイルを並べ、その周囲を化粧タイルで囲むように言ったでしょう?』

それに対する工事人の答えはこうだった。

「あぁ、、、 でも、こ、これも綺麗だろう?」

また、胃潰瘍が痛み出した。
彼らと付き合い出してから、何度医者へ通った事か。


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