くま伝
日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ
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いつもの如く大きなヴァイオリンケースを持って家を出る。
以前、スペインへ持って行った大量生産のヴァイオリンでは無い。
ドイツで採れた1924年物のハンドメイドである。
勿論、私にそんな楽器を買うお金が有るはずも無い。細々と自営業を営む私の両親が、
私の決意を知って、自分達のリタイヤ後のために取ってあった蓄えを使って与えてくれた
のである。それが、彼らにとってどれだけ大切な蓄えであるかは重々承知していたが、
出世払いの約束でその好意を甘んじて受けた。
市バスに乗って15分で鉄道の駅に着く。そこで急行に乗り換えて1時間半ばかり
かかっただろうか、、、目的の駅に到着して、そこから徒歩10分程のところに、
T女氏の家があった。
再びのスペインへ発つ前の最後のレッスンである。
時間制限にとらわれず、ゆっくりと私の面倒を見られるようにとの彼女の心遣いだった。
ほとんどの試験は受けられるわよ。とりあえず、限られた時間ではあったけれど、
あなたに、これら3つのレパートリーを1曲ずつ教えました。あとは、あなた次第。
スペインへ渡ったら、あちらで待っていてくれている先生について引き続き学びなさい。
あなたのような晩学の人が、本当に良い演奏家になるのは、きっと難しいと思うけど、
とっても良い先生にはなれるかもしれないわね。
あなたは、一つのテクニックを学ぶための苦労とそれを克服するための様々な努力を
して来た分、人の苦労も判ってあげられるでしょうし、自分の経験を生かして、
いろいろな学習法を人に伝えることが出来るでしょう。」
そして、彼女は、「ちょっと待っていてちょうだい」と言う一言を残して、
部屋を出て行った。
教えられた事を一つ一つ思い起こしてみた。
長いようで、ほんの短い間だったが、ここでも私の非現実的と言われても仕方の無い「夢」
のために、彼女にとんだ時間の浪費をさせてしまったのでは無いのだろうか。
毎回、どんな気持ちで私のレッスンをしてくれていたのだろうか、、、
そんな事に想いを巡らせているところへ、彼女が部屋に戻ってきた。
それは小さなヴァイオリンの形をしていた。
彼女のご主人は、やはり、日本ヴァイオリン界の重鎮であったが、1年程まえに
他界されていた。
私が初めて彼女を訪問したのは、ご主人が亡くなってまだ間もない頃だったのだ。
これをあなたにあげるわ。スペインで頑張ってらっしゃい!」
すぐに礼を言いたかったが、声にならなかった。
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