スペイン生活30年・今も続く私の冒険

くま伝

日本を飛び出してみたいと考えている方々、目的を見出せず悩んでいる方々へ


第22章 過ぎたるは及ばざるが如し(前編)


『ネクタイと上着ぐらいの資本投資はして下さい』


 数人の日本人が働く地下のオフィスで、40歳前後の男性と向かい合っていた。

カウンターで知り合った彼女に紹介されて、某旅行会社を訪れたのである。

私は自分がヴァイオリンの勉強をしている事を告げ、早朝、または夜の仕事だけを

やらせて欲しいとの希望を告げた。

すると彼は、ヴァイオリンは趣味で続ければ良いから、正式に就職する気は無いかと

私に尋ねた。

私はこれを丁重に断り、希望どおり、早朝と夜のアテンドサービスのみを

アルバイトとしてやらせてもらう事になった。

これで少しは経済的に潤うかもしれない。

そして、安心して勉強を続けられる、、、そう思ったのである。

話を終えてオフィスを立ち去ろうとした私に、彼がこう言った。


「あー、その髪の毛だけ、短く切っておいて下さい。

それから、ネクタイと上着ぐらいの資本投資はして下さい。」


当時の私は、特にそう言う趣味があった訳ではなかったが、生来、不精なのと、

理髪店へ行くお金が惜しかったのとで、髪は伸び放題だった。

軽く肩まであったろうか、、、女性と見間違われても不思議はないくらいだった。

しかし、こう言われてはそのままの姿で仕事に現れる訳にも行かず、

散髪に行き、1本のネクタイと薄い夏用のブレザーを買った。

私にとっては大きな出費だったが仕方無い。

この時に買ったブレザーはその後10年は使っただろうか。


 私の仕事は、一般にトランスファーと呼ばれるもので、空港に到着する

日本人ツアー客を専用バスに乗せて宿泊ホテルまで案内する、或いは、

その逆にホテルから空港へ案内し飛行機のチェックイン手続きを手伝うものだった。

また、バリエーションとして、ホテルからレストランへの案内、

ホテルからフラメンコショーへの案内などがあった。


早朝と夜にこれらの仕事をやり、昼間は毎日ヴァイオリンの練習をした。

この時期もまた、がむしゃらに頑張ったのだ。


ところが、努力さえすれば、物事はすべてそれなりに報われるものだと

信じていた私に、大きなショックが訪れた。

ある日突然、その事件は起きたのだ。


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